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03.30
Mon
聡明堂の新作ビデオダンス撮影がはじまり、体格に似合わず桜をいとおしむ聡明堂の桜前線追っかけに合わせて週末。この疲れ顔はさすがに撮影にはまずいので前日から蒸しタオルしたりパックしたりマッサージしたり顔ストレッチしたりかなり念入りにして、当日はかなりスッキリツヤツヤになって、相方も、だいぶいい顔になった!と認めてもらいいざ出陣。
満開の桜にエネルギーチャージもできて、気分よく「必殺たたずみ系」の舞にて撮影終了、気分よく聡明堂とカフェにてワイン。
ところが聡明堂には、
「顔、ヤバイっすよ。疲れすぎですよ」😭
「踊ってる人がやる仕事の質じゃないですよ。」😭
愚痴は言うまいと決めてたが、これまた体格に似合わず聞き上手の聡明堂にホロリとやられて今まで必死にポジティブに考えようとしてきた仕事への辛さが噴出してしまった。聡明堂にあっさり言われることは、今までの年月の中で全て真実だった経緯を考えても、
なんだか、そっか、
少しズラしてみたら、も少し私らしい仕事のやり方あるかもなあ〜と気持ちが楽になった。
友達はありがたいね!
来週はシダレサクラ撮影、天気どうかしら。
聡明堂ビデオダンス上映は5月16日です。

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03.28
Sat
どうしても叶えたい事がある。夢というよりもっと近くのこと。
こんな人でありたいという理想がある。自分じゃなく周りの人を幸せにするために。
こちらの世界で嫌われ者、でもあちらの世界では人気者。そんなものなんだよな〜。
数年前に背水の陣をしいたハズの、美術、デザインの仕事や教育、保育の現場が、なぜかめぐりめぐりして仕事の一部になってしまっていること、仕事での出会いは、かつて、生前の両親のためにするべきなのにできなかったこと、不慮に亡くなった親友に、生前できなかった事、、、
そんなこんなが巡り巡る現在、その不思議に悔しいが感謝をする。
せめて1日30分でも、じっとコーヒーを飲みながら自分のことに沈思黙考する時間を持てること、
まずはそこから。
それを選び取れる自由。
03.27
Fri
南の島を旅する自由、
好きな時に好きな店でお酒と美味しいもの食べる自由、
天気良い日に洗濯して散歩する自由、
思った時に好きな材料を試して料理をする自由、
体調の一番整う平日午後3時から稽古をする自由、
観たい舞台を心置きなく観に行く自由、
たまには服を買える自由、
穴あきの下着を繕わないで新しいのを買える自由、
……
もうそんな日々は二度と巡らないのだなあ〜
と痛勤電車。
巡るより、死期の方が近いなとか。
でも、きっとたくさん私は自由を勝ち得ている、
感謝だけはし続けたいと思っています。
03.16
Mon
コンビニ断ち砂糖断ち不要添加物なし(←断ちとは言えない、飲み屋行くので(*^^*))2.5カ月、ファミレスは無理だが飲み屋はたまに行く、くらいの外食で、
なんと2.5ヶ月間昼はオールお弁当達成!やればできる。
先日の稽古で、ふと、体の芯がカサカサといい感じに鋭く振動している感じ、前までは、どこかボヤンと水っぽく知覚が濁る感じがもどかしかった。寝不足とか疲れとかで鈍いのかなとか考えていたけど食べ物変えてやはり変わるものだ。
コンビニ飯が侵食してから3年半とすると、完全に体が戻るのはやはり3年半かかるということかな、
でも、確かに「2」の周期で体は変化する。2日、2週間、2カ月。様々実感が起きるが、明らかに他人に変化が伝わるまでには二年かかる。そこで初めて土台の基礎を盛る感じ。
踊り、人生、この積み上げの繰り返し。
03.07
Sat
博美さんのテルプシコール初自主ソロ公演を観て、ひっそり、つつみのママに逢って、ひっそり帰ろと思っていたけど結局、最近のママ特製煮込み豚足に、浦霞寒しぼり季節限定を進められ、5日間にして早くも日本酒断ち挫折(*_*)
美味かったわー
ひっそり帰るつもりがS氏に激しく引き止められ結局 博美さんの打ち上げに合流。
だいたい、20代30代なら未だ人生未知なるものだから、なり振りかまわずやれて当然だった、かつて一緒に頑張ってた同期、ずっとずっと一緒に頑張るはずだった、でもいつのまにか舞台から退いた人が半分以上、気づけば、50歳が目の前にあり、未知だった人生も終焉までが見通せるトシになってしまって、
20代30代で無計画だったバツか、毎日クタクタに働き、満員電車でクタクタになり、本を読むこと体鍛えることさえ、猛烈に努力と無理をしないとできない日々の葛藤、やっとの思いで稽古場へたどりつく、
なのに収入は老後蓄えなんかまるで無理で日々の暮らしがやっと。なのに、踊りをやめない。舞台をやめない。こうしてきてしまった稀少な同世代、博美さんやみんな、とにかく、誠実にやり続けている現場に立ち会えることは本当に有難く元気勇気もらえるのです。作品の出来だとか善し悪しとかそれ以前に、やった、やっている事、継続、それこそがすばらしいじゃないか?
大きな視野でみたら、芸術の歴史のなかで、この30年間くらいは低迷期かもしれない、その中で無理してもこうして頑張り続けて繋ぐ、そんな一派があってもよい。
03.04
Wed
毎日の生活の中で、例えば自分の家や台所、オフィスのデスクとか、他人が見ると「これ、いらないんじゃない?」とか「ここ、片付ければ?」
みたいなスポットが必ずある。
使ってる本人にはそのスポットはもはや「風景」と化しているからまったく問題ではない。
ある日きづいたら近所の一角が空き地になっていて、「ここって何があったかな?」とどうしても思い出せないとか。

まだまだ、踊りにおいての空間認識で「風景」でしかないスポットがたくさん存在しているようだ。
踊り手には風景は必要なく、
その体を通して、見る側に伝わる、観える「何か」湧き上がる「風景」。
「風景に体をうつすのではなく体が風景をつくる」詳細まちがってるかもですがこの言葉の大意について未だ未熟さを再認識。
本番でもその稽古でも、空間と体の関係をコントロールできるようになったにすぎず、空間の隅々への意識や関わりへとまではコントロールしていない。
体の隅々、例えば、指先、ではなく、右薬指の爪の生え際の左の際、とか
膝の裏、ではなく左膝の裏の筋の右側、とか、、、
膵臓と肺の間とか、あらゆる隅をつっついてつっついて発信させてゆくことが、
空間の隅々へ行き届いているだろうか?
風景になってしまっている隅々の埃を吹き拭い「何か」を出現させているだろうか?

重箱の隅をつっついて、ちゃんと体と交換できているか?
…さて、課題だな。
稽古稽古…!
03.01
Sun
お米とぎ汁発酵中に、リンゴ一欠片、塩、豚切り身 漬け込み2日。
焼きました。
安い脂のない肉ですが柔らかくなおかつさっぱり。冷めても柔らかいままです。
こってりした生姜焼きモードの時には合わないけど気づけば、こってり生姜焼きもこってりカレーもまったく食べたくなくなっている。想像するけどムリな感じ…
何年か前、カフェで料理を作っていたときはそういえばこうやってメニュー組んでいたのだった、
「薄味」でひとくくりにされたけど、わかる人は慈味というのを感じてくださっていた。
今は、自分の身体を実験台にしてるだけだから、人には強要しないけど、食で身体もかわるとすれば踊りにも多大に影響あるよなあ。も少し繊細になれるかなあ。
03.01
Sun
コンビニ断ち砂糖断ちから2ヶ月。
疲労感が全然変わり、快調。
老舗高級一口羊羹、いただかざるを得ない状況で、食べたら半日胃がもたれて夕食の味がボヤけていた
でもお酒と炭水化物の糖分は摂取するし完全な添加物排除なんて宗教チックになっていくのでそこまではしない、テキトー
になんだけど、
みりんや醤油を使わないで料理する方法をあみだし中。要は食材そのものが発酵する力を利用して甘みを引き出せれば…
で、実験中なのはお米とぎ汁による水キムチ液。
いろいろ、また後日報告。これ、漬け込み中。
レパートリーになってきたら美食日本酒会やりましょ〜(o^^o)
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