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12.15
Thu
舞踏ワークショップといえば、
個々の心の内側に触手を入れて、
自己解放へ至ったり、自己啓発となったり、
また、舞踏独特のイメージワードを駆使して「型」の学習を促したり、、、
そういう場作りをせにゃああかん?
いや、それは私の役割ではない。先人先輩の言葉にお任せすべきだろう。
ほかにも大切なアプローチがあるはず。
楽道庵月曜ワークショップには、
すでに様々なジャンルで活動している表現者が集まるので、むしろその方々の表現の厚みを増すようなこと、新しい気づきへ繋がるようなこと、
そのためのナナ流のアプローチをしていきたいと思っています。舞踏は、きっかけにすぎない。
知らず知らず、得意だとそこへもっていく仕草や振り、手足の角度、表情…などなどが、実は「個性」でもなんでもないただの「癖」であり、見る側には、「〇〇さん節」という形でしかないこと。…よく、お笑いで、モノマネされちゃうようなのは、「癖」で「個性」ではない。〇〇節が売りとなる芸能はそれでよいでしょう、でも、舞台表現は違うのでは?
厳密に振付なく、即興で動くとこの「個性」と「癖」をはき違えたものが表出しやすく、放置すると癖に安住して身体の構造や機能に鈍いまま、疾患や怪我につながります。
かくいう私も、約10年前に大怪我をして1年リハビリに費やさなくてはならなくなるまでは、この「癖」と「個性」をはき違えたままでした。特に舞踏ですから余計に、そこが盲点になりやすくもありました。
では何をする?
自分、その人その人がもっともニュートラルな姿勢を自覚することから。
ある程度の解剖学的なランドマークも利用して、
普段よく使っている(たよっている)筋肉と、普段使われていない(鈍い)筋肉を自覚すること。要するにその人の動きの癖の原因を筋肉の使い方から分析するのです。
なぜその小指?その手首の形?みたいな些細なことも、別の箇所の大きな筋肉の使い方が無意識であるがための単なる癖だった、てなことがポロポロとでてくる!
別に標本のようにバランスよく動けるためが目的ではなく、
あくまで知る、自覚すること。
怪我を防ぐはもちろんのこと、
表現体としての魅力の幅が変わるはずです。

そんなこんな私自身が完璧ではあるわけないですが、
スポーツと違い選手生命の長い舞台ですから、若くても若くなくても、
大切に考え続けなくてはと思います。
この日は、そのためのボディワークから、
踊りのパートでは、あえて表現体を自己没入に特化する時間と、自分の外側だけを意識する時間、
そして、内と外との入れ替えを自在にする時間、
と3通りに踊りました。
初心に還るような自己没入の時間と、
人の気を感じる時間、両者を同化して空間を感じる時間、、、3つの引き出し。
身体を整理整頓。
身体という箪笥の引き出しをきちんと意識的に開け閉めする。ピタッと閉めたり隙間を開けたり全開にしたり。
よい箪笥だと、一段閉めると2段目がふかっと開いたりする、その「だしひき」イコール「引き出し」*\(^o^)/*

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