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03.04
Wed
毎日の生活の中で、例えば自分の家や台所、オフィスのデスクとか、他人が見ると「これ、いらないんじゃない?」とか「ここ、片付ければ?」
みたいなスポットが必ずある。
使ってる本人にはそのスポットはもはや「風景」と化しているからまったく問題ではない。
ある日きづいたら近所の一角が空き地になっていて、「ここって何があったかな?」とどうしても思い出せないとか。

まだまだ、踊りにおいての空間認識で「風景」でしかないスポットがたくさん存在しているようだ。
踊り手には風景は必要なく、
その体を通して、見る側に伝わる、観える「何か」湧き上がる「風景」。
「風景に体をうつすのではなく体が風景をつくる」詳細まちがってるかもですがこの言葉の大意について未だ未熟さを再認識。
本番でもその稽古でも、空間と体の関係をコントロールできるようになったにすぎず、空間の隅々への意識や関わりへとまではコントロールしていない。
体の隅々、例えば、指先、ではなく、右薬指の爪の生え際の左の際、とか
膝の裏、ではなく左膝の裏の筋の右側、とか、、、
膵臓と肺の間とか、あらゆる隅をつっついてつっついて発信させてゆくことが、
空間の隅々へ行き届いているだろうか?
風景になってしまっている隅々の埃を吹き拭い「何か」を出現させているだろうか?

重箱の隅をつっついて、ちゃんと体と交換できているか?
…さて、課題だな。
稽古稽古…!
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