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05.25
Mon
たいへんにたいへんによかったです。
舞踏舎天鶏
生前は観た事がなかったのに、涙がとまらなくなりました。
つい数日前には、ある舞台がきっかけのプチ舞踏不信に陥り、
独りイライラして悔しかったり情けなかったりでやるせなくなっていたのですが
すっかり回復!
これからも「舞踏」を信じる勇気をいただきました。
でも、こんなに舞台をみて影響されて左右されるとは単純すぎる、わたし。
FB眺めていると、なんだか自分の非力さと、取り残され感に苛まれて、
あ〜あとなったり、たいへんな褒め言葉のつもりだったのに傷ついたと叱られたり、
(人の琴線が複雑であって、それが自分の価値観とは著しく違うことに呆れたり、若かったらいやそれは!?と反論もありでしょうが)
自分の活動の広報的手段として使っているはずが
さしてそこに関してはさほど効果が見いだせなかったり
しばらく閉じて、自分の邁進すべき事柄に集中しようかなと思う矢先でした。
この舞台があるのを知る事ができたのは、FBではないが、
やはりインターネットありきだったので、なんとも。
舞踏の、土方時代をリアルに生きてはいない若い世代が、舞踏に興味を抱いても、
どこか違和感を感じて舞踏を名乗る事をやめたりする感覚は正しい。
誠実だなとも思う。
私も、ぎりぎりリアルではないが、なぜか高校生くらいのときジャンジャンで白桃房の最後の方の、公演を観た記憶がある。裸体の女性が数人うごめいている暗がりを体験した、という記憶で、あれが白桃房の・・・?と紐解いて理解したのはそれから10年以上経ってから。
誰しも、そうした幼児体験みたいな舞台の記憶があって、いつのまにか其処に流れてきてしまった、という人も多いんじゃないだろうか。
私の場合、当時の舞踏を「知らないくせに」と揶揄されても、なぜか自分が「舞踏」ということを唱える事に疑問が湧いた事がない。どのように客観的に考えを巡らしても、違和感はないのだ。むしろ、自分は舞踏をやるべきだとさえ思っている。
「思い上がるな」とか、言われたりするのかな?
でも、違和感を感じて、やめてきた事はたくさんあって、それはたしかにやめて正解だった。どう生きるかという事の中に、例えばアルバイトとか恋愛とか人間関係とかでもそうでしょう。。。
とりとめがなくなっているけれどとにかく、この舞台のおかげで気持ちを新たに!
さて頑張ります。。。



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